序章    1章   2章   3章   4章   5章
 

   序章 人間書物


   1章  巻物の発生


   2章  紙の発見


   3章  書物と書写


   4章  冊子の発見


   5章  印刷術の発見

 

   年表

    用語  

    森・WGプロフィール

   リンク 

   文献

  home

 

No. 概要/語句 内容
1-1 書物は巻物で発生した 粘土板やオストラコンに記された神話、伝説、叙事詩が何点かメソポタミアやエジプトから出土しているが、それらは通常の書物の姿を示していない。その時代、書物はまだ「人間書物」時代を続けていた筈である。人間書物時代に粘土板に記された「書物」は、その機能と形態において、文書であって書物ではない、それを書けば書物は石にすら記せるのである(中国の「石経」)。上部に穴が開けられた亀甲をたまたま発見して、それを冊子書物の祖であるとすることは、既に効力を失った文書を保管するために、巻物に仕立てられた「手継ぎの文書」を巻物と見る誤解と同類である。
1-2 東洋の最初の書物 中国の印刷術を解明したカーターが、「西暦前2~1世紀のころ文字が絹に書かれるようになったとき、はじめて書物の形をとり」としたのは、書物の構造と素材を誤認したものと思う。カーターは古代の書物について、「竹簡は木簡より強靭なのでその一端に穴をあけ、絹紐や皮紐で結びあわせて書物にすることができた」と述べたが、簡冊が巻物の形態であったことを認識できなかった上に、書物の形態について誤解がある。その素材に穴をあけるのは文書であって、貝葉を除いて書物には存在しない。その貝葉とて、巻物とも冊子とも無縁な異端な書物の形態(構造、装丁)として装丁史から外れている( 『中国の印刷術』、T.F.カーター著、薮内清他訳、平凡社東洋文庫、1977年)。その簡冊を、折本のように折り畳まれていた(『文字の文化史』藤枝晃著、岩波書店、1971年)とする説もあったが、最近の中国考古学の成果で明らかである通り、簡冊は巻かれていた。簡冊を折り畳まなかったことは、紀元前に折り曲げ易い紙を発見して以来、8世紀まで折本が発生していないことと整合している。
1-3 不可逆的線状構造 時間を基軸として発声される言語が不可逆的に連鎖する「人間書物の構造」を、滞ることなく写せる素材と装丁を発見して「文字書物」が誕生した。書物と文書をわける基本的な概念。
1-4 区欄によって切断された行 「イリアス」は12110行、「オデッセイアー」は15693行と、それぞれ数えられた。
1-5 書いてから綴じるか、綴じてから書くか パピルスは書いてから綴じられたと考える研究者は多い。東洋でも中国の銭存訓などが簡冊は書いてから篇綴されたとみている。「正倉院文書」の「写経所解申奉写経并装?造紙事」には、写経の準備に当って、白紙の巻物が15、16、17枚の3種に成巻されたことが記されている。また、書写に際し、成巻されていた料紙に不足があったケースとして、その場合は、新たに料紙を継いで罫を引いたことを示す痕跡が認められている。この問題は書物に構造を考える視点からは、見逃せない重要な問題である。
1-6 巻物は裏を利用しない もし、裏の繊維の目を横にしたければ、パピルスを3層にすれば良い話ではないだろうか。また、書きにくいとされているパピルスの裏も利用されている。(オピストグラファイ、裏書き本、アウルサカルタ、裏書きパピルス)  この巻物の構造は中国の石経(巻物時代のもの)にも表れており、その刻石された文字の序列が巻物同様に第一石の表から裏へ続くようになったのは言うまでもない。
1-7 巻頭、巻末 書物の巻頭には書名がないことが多く、あるとすれば巻末にある。パピルスの例では、巻頭に多いのは「incipit 初め」である。パピロニア出土の粘土板「文学のカタログ」は、所収された62点の作品に書名がなく、巻頭の書き出しの字句で作品が表示されている。前20世紀のエジプトの「シヌエの物語」は、巻末に「ここで終りがきた、最初から最後まで書き物として発見されたとおり」とある。11世紀でも、フランスの「ロランの歌」の写本は巻末に「チェロルデュスの歌ここに終る」とある。中国の写本にある尾題は、巻末の明示の意味と考えられる。古代の、また合綴本の多い写本の特徴でもある。 書物の表題は巻頭になく(首題内題)、表紙にもない(外題)。唐王朝の蔵書(巻物)の例では附箋が付けられていた(牙箋)。パピルス巻物も同様であるという。日本の文書の例ではあるが、「立箋」は軸頭を延長して書写面を作ってそこに内容を表示している。
1-8 分かち書き 単語の間を空けてつづる文章。言語発声の不可逆的連鎖を素材・料紙に写した巻物は、そのオーラルな伝統を引き継ぎ、その文字は連鎖して改行は言うまでもなく、句読点、空格もない。表音文字の書物では、一見、一行が一単語にさえ見えた。書物は声を出して読むものであったからである。単語の分かち書きや黙読が一般化するのは書物が印刷されるようになってからである。
1-9 空格 初句の前に一字の空格 (一字空きの部分。中国の用語)がある。「伊勢物語」などの歌物語や歌集に改行がなかったことを示す痕跡を「詞書」の語尾や接続助詞に見ることができる。室町時代書写の三条西本「源氏物語」は、物語中の和歌の初句が改行されたが、終句では改行されずに地の文に続いている。
1-10 冊子の二つ折り構造 パーチメント冊子がコデックスと称されることから、外見が似るワックス板をコデックスと呼び、更には論拠が示されないが、ワックス板から西洋の冊子が発見したとされる。しかし、一葉のペラの板・素材(文書)と巻物(書物)の構造が異なるように、折り曲げない一枚と、二つ折りの一枚の構造は全く異質である。綴じない、製本しないのが文書の形態であるが、(中世以降、保存の必要から、文書を重ねて一端を平綴じすることがある)、敢えて素材を二つ折りした理由は、ひたすらそれを綴じるためである。二つ折りしない書物(冊子)は存在しない。文書の形態から巻物は発生しなかったし、文書から書物(冊子)が発生することはないと考える。書物の形態として単に短形の形を重視するなら、そもそも書物は巻物でなく冊子で発生したはずである。折り曲げ可能な板を眺めるまでもなく、パピルスのシートは折り曲げやすいのではないだろうか(紀元後に、パピルスの冊子が発生したのはパーチメント冊子の発生に拠ると考える。)


   Copyright © S homotsushi WG  2005  All rights reserved